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最高裁判所第二小法廷 昭和52年(あ)1431号 決定

主文

本件上告を棄却する。

理由

(上告趣意に対する判断)

弁護人山田近之助の上告趣意のうち、憲法三一条違反をいう点は、実質は単なる法令違反の主張であり、その余の点は、事実誤認、単なる法令違反、量刑不当の主張であって、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

(職権による判断)

一  所論にかんがみ、職権により調査すると、第一審判決が認定した第三事実に対応する訴因は、「被告人は、服部幸三らと共謀のうえ、昭和五〇年二月二日午前一時四〇分ころ、京都市東山区古門前通大和大路東入三吉町二丁目三三四番地スカイビル二階スナック「ようこ」において、松山国一(当二一才)、高山虎男(当二三才)、西田秀雄(当二三才)、慶本こと李昌修(当二二才)に対し些細なことに立腹し、こもごも同人らに対し、殴る蹴るなどの暴行を加え、よって右松山に対し、加療約二週間を要する左胸部打撲、第八肋骨々折の傷害を、右高山に対し、加療約三日間を要する顔面、後頭部等挫傷の傷害を、右李に対し、加療約二週間を要する頭部打撲症兼挫傷などの傷害を、それぞれ負わせた」というものであり、その罪名及び罰条は、「傷害、暴行 刑法第二〇四条、第二〇八条、第六〇条」というものである。

一審判決は、ほぼ右の訴因に沿った事実を認定し、「被告人は、昭和五〇年二月二日午前一時四〇分頃同市同区古門前通大和大路東入る三吉町二丁目三三四番地スカイビル二階スナック「ようこ」において、飲酒中些細なことに立腹し、前記服部らを呼び集め、ここに右服部、田村文男、崔和夫、永石かおると共謀して、松山国一(当時二一歳)、高山虎男(当時二三歳)、西田秀雄(当時二三歳)、慶本こと李昌修(当時二二歳)に対してこもごも同人らの身体各所を殴る蹴るなどの暴行を加え、よって右松山に対し加療約二週間を要する左胸部打撲傷等の傷害を、右高山に対し加療約三日間を要する後頭部挫傷等の傷害を、右李に対し加療約二週間を要する頭部打撲症兼挫傷等の傷害をそれぞれ負わせた」と判示し、刑法六〇条、二〇四条、罰金等臨時措置法三条一項一号を適用した。

これに対し被告人から控訴があったところ、原判決は、公訴事実には右西田に対する暴力行為等処罰に関する法律一条(刑法二〇八条)の罪の事実が含まれているから、一審判決がこれに沿う事実を認定した以上右の法令を適用すべきであり、これを遺脱したのは違法であるが、その違法は明らかに判決に影響を及ぼすものではないと判示しつつも、量刑不当を理由に一審判決を破棄し、自判にあたって右法律一条を適用するとともに、この場合には罰条の変更を要しないとの判断を付加した。

二  本件のように、数人共同して二人以上に対しそれぞれ暴行を加え、一部の者に傷害を負わせた場合には、傷害を受けた者の数だけの傷害罪と暴行を受けるにとどまった者の数だけの暴力行為等処罰に関する法律一条の罪が成立し、以上は併合罪として処断すべきであるから、原判決のこの点の判断は正当である。

三  次に、起訴状における罰条の記載は、訴因をより一層特定させて被告人の防御に遺憾のないようにするため法律上要請されているものであり、裁判所による法令の適用をその範囲内に拘束するためのものではないと解すべきである。それ故、裁判所は、訴因により公訴事実が十分に明確にされていて被告人の防御に実質的な不利益が生じない限りは、罰条変更の手続を経ないで、起訴状に記載されていない罰条であってもこれを適用することができるものというべきである。

本件の場合、暴力行為等処罰に関する法律一条の罪にあたる事実が訴因によって十分に明示されているから、原審が、起訴状に記載された刑法二〇八条の罰条を変更させる手続を経ないで、右法律一条を適用したからといって、被告人の防御に実質的な不利益が生じたものとはいえない。したがって、原判決の判断は、この点でも正当である。

(結論)

刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、主文のとおり決定する。

この決定は裁判官大塚喜一郎の意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。

裁判官大塚喜一郎の意見は、次のとおりである。

私は、罰条の変更に関する多数意見の法律解釈には賛成することができない。

もともと、認定された事実に対していかなる罰条をあてはめるかは、法令の適用の問題であるから、裁判所の専権に属し、検察官の主張に拘束されるものではない。しかしながら、それは、当事者特に被告人にとって本質的に重要な意味を有することであるから、刑訴法の基本原則である口頭弁論主義にかんがみ、これについても当事者に意見を述べる機会を与える必要があると考える。そして、刑訴法上、起訴状に罰条を記載することが必要とされるとともに(二五六条)、これを追加・撤回・変更する際の手続が厳格に定められていること(三一二条)、また、実際上も、被告人に起訴状に記載されていない罰条についてまで意見を述べて防御することを期待しがたいことを考慮するときは、起訴状記載の罰条に包含される軽い罰条を適用する場合を除き、検察官に対して罰条の追加・撤回・変更を命じ、又は釈明をすることにより、罰条の適用について意見を述べる具体的な機会を被告人に与えない限り(いわゆる刑訴手続の後見的機能)、裁判所において新たな罰条を適用することは許されない、と解するのが相当である。

それゆえ、原審が、右の手続をとらずに、起訴状記載の罰条より重い罰条を適用したことは、違法であり、かつ、その違法は判決に影響を及ぼすものというべきところ、恐喝など数個の犯罪事実が認定されていて処断刑に変更をきたさない本件においては、これを破棄しなければ著しく正義に反するとは認められないので、上告を棄却した多数意見の結論に同調する。

(裁判長裁判官 本林 讓 裁判官 大塚喜一郎 裁判官 吉田 豊 裁判官 栗本一夫)

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